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●『  衆  生  の  後  世  』●

 投稿者:管理人  投稿日:2011年 1月11日(火)18時33分5秒
返信・引用 編集済
    ■衆生の後世について■


【 心 法 部 】 ※「衆生(動・植)物」及び「万物(非生物)」の根本的な生命システム

十 界 互 具 ・ 百 界 千 如 ・ 三 世 間  ⇒  一  念  三  千


参考文

●百界千如三千世間の事。
 十界互具即百界と成るなり。
 地獄[衆生世間十如是]五陰世間[十如是]国土世間[十如是地下赤鉄]、
 餓鬼[衆生世間十如是]五陰世間[十如是]国土世間[十如是地下]
 畜生[衆生世間十如是]五陰世間[十如是]国土世間[十如是水陸空]
 修羅[衆生世間十如是]五陰世間[十如是]国土世間[十如是海畔底]、
 人[衆生世間十如是]、五陰世間[十如是]国土世間[十如是須弥四州]、
 天[衆生世間十如是]五陰世間[十如是]国土世間[十如是宮殿]
 声聞[衆生世間十如是]五陰世間[十如是]国土世間[十如是同居土]、
 縁覚[衆生世間十如是]五陰世間[十如是]国土世間[十如是同居土]、
 菩薩[衆生世間十如是]五陰世間[十如是]国土世間[十如是同居方便実報]、
 仏[衆生世間十如是]五陰世間[十如是]国土世間[十如是寂光土]。
 止観の五に云く
 「心縁と合すれば則ち三種世間三千の性相皆心より起る」文、
 弘の五に云く
 「故に止観に正しく観法を明すに至つて並びに三千を以て指南と為す、
  乃ち是れ終窮究竟の極説なり故に序の中に説己心中所行の法門と云う良に以有るなり、
 請う尋ねて読まん者心に異縁無かれ」文、
 又云く
 「妙境の一念三千を明さずんば如何ぞ一に一切を摂ることを識る可けん、
  三千は一念の無明を出でず是の故に唯苦因苦果のみ有り」文、
 又云く「一切の諸業十界百界千如三千世間を出でざるなり」文、
 籤の二に云く
 「仮は即ち衆生実は即ち五陰及び国土即ち三世間なり千の法は皆三なり故に三千有り」
 文、
 弘の五に云く
 「一念の心に於て十界に約せざれば事を収むること無からず
  三諦に約せざれば理を摂ること周からず十如を語らざれば因果備わらず
  三世間無んば依正尽きず」文、
 記の一に云く
 「若三千に非ざれば摂ること無からず若し円心に非ざれば三千を摂せず」文、
 玄の二に云く
 「但衆生法は太だ広く仏法は太だ高し初学に於て難と為し心は則ち易しと為す」文、
 弘の五に云く
 「初に華厳を引くことは心の工なる画師の如く種種の五陰を造る
  一切世界の中に法として造らざること無し。
  心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然なり
  心仏及び衆生是の三差別無し若し人三世一切の仏を求め知らんと欲せば
  当に是くの如く観ずべし心は諸の如来を造る」
 と。
 金?論に云く
 「実相は必ず諸法諸法は必ず十如十如は必ず十界十界は必ず身土なり」
 三身釈の事、
 先ず法身とは大師大経を引いて
 「一切の世諦は若し如来に於ては即ち是第一義諦なり衆生顛倒して仏法に非ずと謂えり」
 と釈せり。
 然れば則ち自他依正魔界仏界染浄因果は異なれども
 悉く皆諸仏の法身に背く事に非ざれば善星比丘が不信なりしも
 楞伽王の信心に同じく般若蜜外道が意の邪見なりしも須達長者が正見に異らず。
 即ち知んぬ此の法身の本は衆生の当体なり。
 十方諸仏の行願は実に法身を証するなり。
 次に報身とは大師の云く
 「法如如の智如如真実の道に乗じ来つて妙覚を成ず智如の理に称う
  理に従つて如と名け智に従つて来と名く即ち報身如来なり
  盧舎那と名け此には浄満と翻ず」
 と釈せり。
 此れは如如法性の智如如真実の道に乗じて妙覚究竟の理智法界と冥合したる時理を
 如と名く智は来なり。



※『功徳』・『罪業』、『法脈(血脈)』が直接関るのがこの次元
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【 色 法 部 】 ※色法部は心法部の生命システム(一念三千の当体)が目視できる状態
          ※色法部は心法部に於ける因縁・徳・罪業等によって顕れ方も様々
          ※非生物は衆生でない為、ここでは除外する


      『 五 大 ( 五 陰 ) 』

     地  ⇒  肉体(筋肉繊維・骨・髪・爪・臓器等)

     水  ⇒  血液・水分・粘液等

     火  ⇒  熱(生命が生きる上で活動する際に生じるエネルギ)

     風  ⇒  息(呼吸)

     空  ⇒  精神・思考・意思・念 等 (色法部に於ける心法部分)



参考文

●至理は名無し。
 聖人理を観じて万物に名を付くる時因果倶時不思議の一法之れ有り。
 之を名けて妙法蓮華と為す。
 此の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して闕減無し之を修行する者は、
 仏因仏果同時に之を得るなり。
 聖人此の法を師と為して修行覚道し給えば妙因妙果倶時に感得し給うが故に
 妙覚果満の如来と成り給いしなり。
 故に伝教大師云く
 「一心の妙法蓮華とは因華果台倶時に増長す三周各各当体譬喩有り、
  総じて一経に皆当体譬喩あり別して七譬三平等十無上の法門有りて皆当体蓮華有るなり
  此の理を詮ずる教を名けて妙法蓮華経と為す」
 云云、
 妙楽大師の云く
 「須く七譬を以て各蓮華権実の義に対すべし。
  ○何者蓮華は只是れ為実施権開権顕実七譬皆然なり」文、
 又劫初に華草有り聖人理を見て号して蓮華と名く。
 此の華草因果倶時なること妙法蓮華に似たり故に此の華草同じく蓮華と名くるなり。
 水中に生ずる赤蓮華白蓮華等の蓮華是なり。
 譬喩の蓮華とは此の華草の蓮華なり。
 此の華草を以て難解の妙法蓮華を顕す。
 天台大師の妙法は解し難し譬を仮りて顕れ易しと釈するは是の意なり。

●夫れ無始の生死を留めて此の度決定して無上菩提を証せんと思はば、
 すべからく衆生本有の妙理を観ずべし。
 衆生本有の妙理とは妙法蓮華経是なり。
 故に妙法蓮華経と唱へたてまつれば衆生本有の妙理を観ずるにてあるなり。
 文理真正の経王なれば文字即実相なり実相即妙法なり。
 唯所詮一心法界の旨を説き顕すを妙法と名く。
 故に此の経を諸仏の智慧とは云うなり。
 一心法界の旨とは十界三千の依正色心非情草木虚空刹土いづれも除かずちりも残らず
 一念の心に収めて此の一念の心法界に遍満するを指して万法とは云うなり。
 此の理を覚知するを一心法界とも云うなるべし。
 但し妙法蓮華経と唱へ持つと云うとも若し己心の外に法ありと思はば
 全く妙法にあらずソ法なり。
 ソ法は今経にあらず、今経にあらざれば方便なり権門なり。
 方便権門の教ならば成仏の直道にあらず、
 成仏の直道にあらざれば多生曠劫の修行を経て成仏すべきにあらざる故に
 一生成仏叶いがたし。
 故に妙法と唱へ蓮華と読まん時は我が一念を指して妙法蓮華経と名くるぞと
 深く信心を発すべきなり。
 都て一代八万の聖教三世十方の諸仏菩薩も我が心の外に有りとはゆめゆめ思ふべからず。
 然れば仏教を習ふといへども心性を観ぜざれば全く生死を離るる事なきなり。
 若し心外に道を求めて万行万善を修せんは譬えば
 貧窮の人日夜に隣の財を計へたれども半銭の得分もなきが如し。
 然れば天台の釈の中には若し心を観ぜざれば重罪滅せずとて若し心を観ぜざれば
 無量の苦行となると判ぜり。
 故にかくの如きの人をば仏法を学して外道となると恥しめられたり。
 爰を以て止観には雖学仏教還同外見と釈せり。

●第三捨是身已の事
 御義口伝に云く此の文段より捨不捨の起りなり。
 転捨にして永捨に非ず転捨は本門なり。
 永捨は迹門なり此の身を捨るは煩悩即菩提生死即涅槃の旨に背くなり云云。
 所詮日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは捨是身已なり不惜身命の故なり云云。
 又云く此の身を捨すと読む時は法界に五大を捨すなり捨つる処の義に非ず、
 是の身を捨てて仏に成ると云うは権門の意なりかかる執情を捨つるを
 捨是身已と説くなり。
 此の文は一念三千の法門なり捨是身已とは還帰本理一念三千の意なり。
 妙楽大師の当知身土一念三千故成道時称此本理一心一念遍於法界と釈するは
 此の意なり云云。

●今阿仏上人の一身は地水火風空の五大なり。
 此の五大は題目の五字なり。
 然れば阿仏房さながら宝塔宝塔さながら阿仏房此れより外の才覚無益なり。
 聞信戒定進捨慚の七宝を以てかざりたる宝塔なり。
 多宝如来の宝塔を供養し給うかとおもへばさにては候はず、
 我が身を供養し給う我が身又三身即一の本覚の如来なり。
 かく信じ給いて南無妙法蓮華経と唱え給へ。
 ここさながら宝塔の住処なり。
 経に云く「法華経を説くこと有らん処は我が此の宝塔其の前に涌現す」とはこれなり。
 

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